2026/10/18
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私が東大受験を勧められて、日本一幸せになった母親が私にしてくれたこととは!爆伸びが私の人生を変えました!ご褒美としてモノや体験が与えられましたが、一番大きい収穫は「自分の人生は自分の力で変得ることができるということでした。
私が浪人中に10月の模試結果が11月に出ました。9月に隣の武田君が教えてくれた江川太一郎先生の『英文法解説』で学び、英語偏差値が76に到達したのです。。最低だった数学の偏差値も58になっていました。
そして二者面談に呼ばれた母親は進路指導の責任者の田口先生から東大受験を勧められて『日本一幸せな母親』になりました。
【新品の自転車が母親からプレゼントされました!】
その6日後の土曜日に帰宅してみると、玄関に母親が待ち構えていました。
「ただいまー」
「おかえりー。ちょっとこれみてみー」
と母親が言うのです。視線を横に泳がせると3案段変速機のついた真新しい自転車が置いてありました。
「何?これ?」
「これは、あんたの自転車やで。
月曜日からはこれで松江北高に通うんやで」
「えー??どうして?
1月まで通えばあとは受験で学校はなくなるよ。冬になれば雪も降るし長くは乗れないし、今更こんなの買ってもらってもー。この中古で十分なのに」
「いいの、いいの。とにかく、今度からは、これに乗って学校に行くんやで!」
と上機嫌でいいました。
「うん、、、、」と私はふてぶてしく答えた!
この母の行動は純粋に日本一の幸せ気分にさせてくれた自分の息子の笑顔をを見たい気持ちが行動に出ただけだったのです。他の計算は何もなかったのです。人の親になれがこそわかる心情です。
【父の粋な計画!
志賀高原フランス語の1週間合宿をプレゼントしてくれました!】
それからは、父親も時々、「勉強はかどっているか?」と優しく尋ねるようになりました。
そして大学入学後私が第二外国語をフランス語に決めたことを知ってNHKが主催する志賀高原フランス語の1週間合宿を私にプレゼントしてくれました!
キャノンなどのメーカーのエンジニアが多く参加をしていました。外務省の駐在員の奥さんと娘さんなど36名くらいが参加しました。
フランス人の夫婦が交代で指導してくれました。交代して休憩に入った方が赤ん坊と三歳くらいのフランス人形のような女の子の面倒を見てました。女の子は金髪でとてもかわいかったです。ときどきお話しして愉しみました。
夏でも汗をかかない涼しい高原での生活も気に入りました。毎晩きりっと冷えた白ワインで男性の部屋でコンパが始まります。ワインも大人の会話も楽しめました。
社会人になっても学ぶ姿勢は大切。でも愉しむことも大切ということがわかりました。この心理は今でも納得しています。
帰宅して父が聞きました。
「で、研修はどうだった?」
「うーん、発音はよくわかったよ。講師がフランス人だったからね。
あとは毎晩の白ワインがうまたっかよ。周りは社会人ばかりだったからね」「なーんだ。そっちか?じゃあ、今晩は白ワインで乾杯しよう!」
と上機嫌の父親でした。
当時島根大学の憲法行政法の担当教授だった父はフランスの公務員の制度を研究していましたのでランス語を独学で勉強をしていました。
そこで、その夏は父、姉、私の3人でNHKのTVフランス語を仲良く学ぶことになりました。楽しい思い出です。私たち親子は番組の終わりに流れるシャンソンの時間が大好きになりました。パリの待ちを流れるセーヌ川に情景なども脳裏に焼き付いています。
その後、父は島根大学の紀要にフランスの公務員制度に関する論文を数本発表しました。私たち姉弟は大学が終わると自然とフランス語とはなれていきました。父は93歳で亡くなるまで毎日のようにフランス語のシャンソンを聞き続けました。CDプレイヤーが壊れるまで聞いたのでよっぽど気にいっていたのしょう。「サクランボの咲くころ」はいまだに私の耳にのこています。日記に自己紹介が走り書きされていました。「シャンソンの好きな人」
【態度が急変した大人たち、変わらない友人たち】
学校に英語の先生も明らかに接する態度が変わりました。
授業が終わっていきなり私の机にやってきて
「吉井くーん、なーんだ、君本当は英語が得意だったんだねー。」とねこなで声を出してきました。きっと担任していたこの先生も嬉しかったのだと思います。
そこで私は理解したとこは。
大人は結果を出せば評価が急変する。そして物質的なご褒美も、特別な体験もさせてくれる。
たとえ親という権威や学校という専門組織、模試の偏差値がどれほど自分に不利な条件を突きつけたとしても「結果を出せば自分の人生は自分の力で変えられる」という体験的真実でした!
これから大学受験を迎えるキミも是非、絶対絶命のように見える壁であっても方法はいくらでもあるので、弱気に負けないで人事を尽くし好まの前の壁を乗り越えてほしい。
これは戊辰戦争の時に黒田清隆の懐刀として薩摩藩第一砲兵隊を指揮して戦う曽祖父吉井常也の姿のAI再現です。君には常也のミリ単位の百発百中の砲術に匹敵する科学的受験戦略を曽孫の健夫が提供しますので期待してお待ちぐださい。
そのために今度は受験生の人生をがっらと変える無料体験を用意していますので案内をお待ちください。
次回の案内をおたのしみに!